坂本龍馬
仁井田社会保険労務士

私も龍馬さんと同じ、高知県の出身です。
この会社の設立当時のお話しですが、社名をどうしようか?と考え、
「1度聞いたら、覚えて戴ける会社名にしよう!」と思い、この社名に決定しました。
おかげさまで、お客さまやお会いする方々には、すぐに会社名を覚えていただいております(笑)。
(ですんで、悪いことは出来ませんが・・・(^_^;))

龍馬さんの残した名言はたくさんありますが・・・、その中でこういう名言があります。

「世の人は、われをなにともゆはばいへ、わがなすことはわれのみぞしる」

これは、「世の人は私のことを何とでもいってくれ。私のすることは、私だけが知っているのだから・・・」という意味です。
世間にまどわされず「信念」や「理念」を貫き、仕事、遊び、家族・・・etcにも
「真剣」にかつ「愉しく」取り組みたいものですね。

坂本龍馬語録 坂本龍馬
  • そのことは我が胸に成算がある。
    やろうと思えば、世に出来ぬことはない。
  • 業なかばで倒れてもよい。
    そのときは、目標の方向にむかい、
    その姿勢で倒れよ。
  • 地球を動かしているのは、思想ではなく経済だ
  • 逃げ路があるかないかということは天が考えることだ。
    おれたちは、とにかく逃げることにだけ専念すればいい。
  • 人の世に、道は一つということはない。
    道は百も千も万もある。
  • おのおの、その志のままに生きよ。
  • 財政の独立なくては、思想の独立もなく、
    行動の自由もない。
お龍
人物紹介

坂本龍馬(さかもとりょうま)
日本の武士(土佐藩郷士)、政治家、実業家。土佐藩脱藩後、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中・海援隊の結成、薩長連合の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど、志士として活動した。贈官位、正四位。

お龍(おりょう)
天保12年(1841年)、医師の楢崎将作の長女として生まれた。天誅組が幕府の追討を受けると、各地を放浪するようになった。このとき坂本龍馬と出会い、龍馬から自由奔放なところを気に入られて愛人となり、その世話を受けて寺田屋に奉公することとなった。龍馬と結婚し、小松帯刀の誘いで薩摩藩の温泉への旅行を楽しんでいる。これが日本最初の新婚旅行であったといわれている。

岩崎弥太郎(いわさきやたろう)
1835年1月9日(天保5年12月11日) - 1885年2月7日)は日本の実業家で、三菱財閥の創業者。明治の動乱期に政商として巨利を得た最も有名な人物である。

ジョン万次郎
幕末の日本で、黒船来航でもしられる日米和親条約の締結に尽力し、その後、通訳・教師などで活躍したジョン・マン(John Mung)こと、本名は中濱 万次郎(なかのはま まんじろう)。